5月15日、パレンケ遺跡へ出かける。


ここは7世紀、パカル王の時代に最も繁栄したマヤ文明の遺跡。

ティカル同様、800年もの間ジャングルの中で眠っていたが、

18世紀に入ってスペイン人に発見された。当時は大半の建物に

飾り屋根や壁の漆喰彫刻、青や赤の彩色も残っていたらしいが、

その後訪れたスペイン人調査団の略奪や失火により多くを

失った・・・とガイドブックに書いてある。


マチュピチュを始めとするインカ帝国もマヤ文明も、

大航海時代にヨーロッパからやってきたスペイン人によって

ことごとく破壊され、侵略され、消えていった。

詳しい歴史のことはわからないけど、「なにやってんのー」と

文句も言いたくなってくる。



十字架の神殿からみたパレンケ遺跡



『碑文の神殿』

この内部からパカル王の墓室が発見された。

約20トンの巨大な石棺にはパカル王の遺骸(骨)と翡翠でできた仮面

など、見事な副葬品が完全な形で見つかったそうだ。

石棺の蓋は重さ5トンの1枚岩でできており、パカル王自身が

神や植物、マヤ文字とともに刻まれている。それは横から見るとまるで

宇宙船を操縦しているかのよう・・・という説がガイドブックに載っていたが

確かにそう見えるかも。どうですか?


<5月28日写真追加>



『宮殿』内にある4階建ての塔は『天体観測塔』と呼ばれている。

塔の壁は東西南北を指し、冬至には太陽がちょうど上の

碑文の神殿に沈むそうだ。


これは宮殿にある水洗トイレ。

穴の下には竹を使ったパイプによって水が流され、

川へとつながっていたと考えられている。

頭いいなぁー


『頭蓋骨の神殿』

柱に刻まれているのはうさぎの頭蓋骨。

なぜうさぎ?

パレンケでも月にはうさぎがいると思われていたそう。

これはそのシンボル。

中国や日本では月にはうさぎ、だけど世界中にはいろんな人や

動物に例えられている。ヨーロッパではカニや女の人の横顔、

中東ではライオン、南米ではワニやロバなど。

ここパレンケでは日本と同じうさぎが見えていたんだ~。


パレンケでは今回の旅で初めてガイドを頼んだ。

マチュピチュもティカルも英語・スペイン語のガイドがおり、

多くのツーリストがガイドと共にまわっていた。

わたし達はどうせよくわからないし・・・ そんな予算もないし・・・

という理由で2人でまわっていたが、近くにいるガイドの

説明をチラッと聞いてみると、なるほどねぇ~っということが多かった。


せっかく素晴らしい遺跡を見に来ているのに、

「これなんだろうねー? 何に使ったんだろうねー?」

で終わったのではもったいない。


一度は中に入って見始めたものの、2人で相談して入り口へ戻り、

改めてガイドと共に見学する。

完璧ではないけれど、マヤの世界観や宇宙観、石碑に残された

絵の意味、建物の用途なども大体理解することができた。

水洗トイレだって2人だけで通った時はそれとは全く気づかなかったし。

ティカルでも頼めばよかったなぁ


わたし達にはちょっと贅沢だったけど、大変勉強になった1日でした。